突然ですが、9月から東京都庁を担当することになりました。諸事情により、
いったんこのブログの更新を休止いたします。
11カ月間にわたってお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
累計アクセス数は31日午後7時現在で約28万、おかげさまで6月には総
合ランキング1位を達成することができました。
宮崎県の東国原英夫知事のマニフェストを作った若者たちの話、狛江市の
ハレンチ課長の懲戒処分など、紙面と連動したスクープネタでは、ブログだ
からこそ可能なエントリもあげることができ、非常にいい経験となりました。
日常業務とは全く関係の話も自由に書かせてもらい、例えば、都知事選に
出馬した外山恒一候補の直撃取材動画では、イザ!の動画史上、最高の
アクセス数を記録しました。
重ねて御礼申し上げます。
ちなみに諸事情というのは、決して後ろ向きなものではなく、異動と支局体
制刷新などの理由から、「あえて」休止する、というものです。読者の皆さん
には大変申し訳ないのですが、多摩支局を拠点にした「23区外通信」の役
割はひとまず終えたのかな、と個人的にはそう考えております(勝手な考え
ですみません)。
紙面においては、明日9月1日から多摩地域版はなくなり、新たに埼玉、
神奈川、千葉、都内、多摩、静岡の6面を統合した首都圏版が登場します。
地域への密着度は下がるかもしれませんが、旬の話題を特集記事として
展開するので、ご期待ください。
産経は10月からMSNと一緒に「MSN産経」をスタートさせ、これまで以上
にネット対応を充実させます。私も微力ながら、今までブログやってきた
ようなことも含め、ネットへの配信を意識した仕事に取り組みたいと思って
おります。
さて、振り返りますと。
記者ブログをやってみて最も刺激的だったのは、やはりユーザーの皆さん
とのコメントのやりとりです。激しいお叱りを受けることもありましたが、一方
で励ましのコメントも数多くいただきました。何度勇気づけられたか、今とな
っては数え切れません。
イザ!が掲げる「新聞2.0」は、双方向性のコミュニケーションを軸にした、
いまだに国内のどの新聞社もマネできていないものです。そしてその中核
を担っているのがまさに記者ブログだと思っています。
今後も「必ず何らかの形でコメントを返す」という、常識では考えられないよ
うな文化を醸成しつつ、さらなる有効活用方法をイザ!は模索していくはず
なので、応援のほどよろしくお願いいたします。
http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E6%2596%25B0%25E8%2581%259E%25EF%25BC%2592%25EF%25BC%258E%25EF%25BC%2590/
というわけで、かなり軽め&おとなしめのエントリですが(苦笑)、最後にこれ
まで紙面やWEBに掲載&アップされていない、私が多摩時代に撮影した写
真を公開、いったん筆を置かせていただきます。
①史上最強のインディーズ候補

↑平成17年9月の郵政解散選挙に東京22区(調布市など)から出馬
した山下万葉氏の公営掲示板ポスター。斬新な政策?!が反響を呼
び、伝説のインディーズ候補として認知されている
②佑ちゃんと早実 
↑昨年8月22日、東京・国分寺の早実で。右から2人目が現早大の斎藤
佑樹投手。恥ずかしそうな表情が印象的
↓同じく昨年8月22日、ナインを乗せたバスが早実に入る。ナインを一目
見ようと3000人が早実付近に集まったが、警備上の問題で、選手はバス
の中から手を振っただけ。観衆の不満が大爆発していたのが印象に残る 
③幻の梨「稲城」と稲城市長

↑本日31日午後撮影。東京・稲城市の石川良一市長と幻の梨「稲城」と、
今秋完成する梨ワインの瓶
稲城市の年間の梨生産量は約1100トン、このうち約5割を占めている主力
商品。だいたい1個1キロという大玉で、甘みと水分はたっぷり、まさに極上
の梨である。市場では流通しておらず、1個800~1000円、高いものでは
2000円以上する。ちなみに私も知人を通じて注文したり、現地の直売所で
購入するなどしてしっかり食べた。多摩川流域の稲城市では、水はけの良
い土壌を生かし、江戸・元禄年間から梨栽培が盛ん。ちなみに「稲城」は、
「八雲」と「新高」をかけあわせた品種。出荷時期は8月下旬から9月上旬。
↓こちらも「稲城」。この2個はかなり小さい部類に入る
④耐震偽装問題

↑ マンション販売&開発「ヒューザー」の小嶋進元社長。この写真は平成
17年11月23日、東京・稲城市のマンション「グランドステージ稲城」の住民
説明会に姿を見せた際のもの。撮影場所は稲城市内。事件が発覚してわず
か1週間弱、マスコミの取材攻勢も激しかったころ
⑤民主党、年金問題のミュージカルの舞台にて。

↑右から民主党の羽田孜、菅直人、鳩山由紀夫の3氏の夫人。打倒自民
党を合言葉に歌を歌っている。7月9日夜、立川市内で撮影。
↓全員で合唱。批判も多かった年金ミュージカルだが、プロが演じているだ
けに、内容はしっかりまとまっていた。
⑥奥多摩のせせらぎ
↑妻と一緒に奥多摩へ行った時の写真。今年5月20日撮影。JR青梅線の
沢井~御嶽付近。東京とは思えない。
⑦三鷹警察署の留置場

↑17年11月2日撮影。新しく建てたれた三鷹警察署の留置場。警察署の
留置場はなかなか撮影できないので、やたらとシャッターを切りまくった記
憶がある。
↓共同で使用する風呂。小さい・・・

⑧やきとり「いせや」 
↑東京・吉祥寺のシンボルとも言われていたやきとり屋「いせや」。昭和の
雰囲気を残すこの建物も老朽化のため、取り壊し。現在、この場所には新
しい店舗兼ビルが建設中。18年9月25日撮影。
⑨だんじり祭で使う笛

↑岸和田だんじり祭りで使用される笛。甲高く、遠くまで響くのが特徴。ち
なみにサッカーの審判が使用している笛は、このだんじりの笛とほぼ同じ
ものという(この笛をそのまま使っているという話もあるが、あくまで伝聞で
未確認)
⑩丸川珠代氏、必死であいさつ

↑参院選東京選挙区で当選を果たした丸川氏。7月23日午後9時ごろ
撮影。ひたすら頭を下げていたのが印象に残る
ご愛読、本当にありがとうございました。
26日午後、「宇宙開発発祥の地」とされる国分寺市で水ロケットの記録会
を取材。
記事はこちら
http://www.sankei.co.jp/chiho/tokyo/070827/tky070827000.htm

ペットボトル内に3分の1ほど水を入れ、さらに手動の空気入れで6気圧まで
空気を注入。ペットボトル内の空気が抜けるようにセットされたレバーを引くと
このようにしてロケットが飛ぶ。なかなかの迫力である。
ちなみに東京・国分寺といえば、早稲田実業の校舎があることで知られるが、
記事中にあるペンシルロケットの発射実験は、現在の早実付近で行われてい
る。
それゆえ、早実の正門前には以下のような記念碑が建てられている↓
http://www.isas.jaxa.jp/j/snews/2006/0403.shtml
子供たちはもちろん、大人たち(しかもおじさん・・・)の楽しそうな表情が印象
的なイベント。「100メートルも飛ぶ」と聞いた時は半信半疑だったが、本当
に100メートルぐらい飛んでいたことにもびっくり。
見ると聞くとでは大違いである。
京王電鉄バスの運転手らが、安全に運行できる環境を確保するため、
クールビス(脱帽、ノーネクタイ)を求めているという話を取材した。ネット
上には(まだ?)アップされていないようなので、24日付の社会面で小さ
く掲載された記事を引用。
■「クールビズ認めて」 京王バス運転手ら 国に会社指導求める
京王電鉄バス(東京都府中市)など京王グループのバス運転手らが
23日、夏季期間中の運転手のノーネクタイ・脱帽を認めてもらおうと、環
境省、国土交通省、厚生労働省を訪れ、会社側にクールビズを指導する
よう求めた。
要請を行ったのは、バス運転手らが加盟する「京王新労働組合」。同組
合は、夏季期間中の運転席付近の温度が最大で40度近くに達するため、
判断力が鈍り、安全運行に支障をきたすなどとして、7月から会社側に運
転手のクールビズを要求。しかし、会社側はネクタイと帽子の着用は「良
質なサービスの一つ」などと主張し、クールビズを認めていないという。
運転手のクールビスは、小田急バスなど各社が認めている。
同組合の佐々木仁執行委員長は「私たちは人の命を背負っている。汗
をふきながら運転をするのは危険。社会的に認められているクールビズ
を認めてほしい」と話している。

↑23日午後6時過ぎ、立川市役所の記者クラブで会見する京王新労働組
合の佐々木執行委員長(真ん中)
記事の中に入れることのできなかった部分を以下、箇条書きで補足。
・京王電鉄グループのバス会社では、社内の就業規則で、ネクタイの着用
と帽子の着用を義務づけている。その理由は「規律正しい格好をすること
で、お客様の信頼を得られると考えている。制服を着用することで、安心
感、信頼感を与えられると考えている。就業規則で、夏季の制服が決ま
っている」(京王電鉄バスの担当者の回答)「良質なサービスの一つ。帽
子とネクタイを一体とした、端正で規律感あるデザインを採用している。着
用することで、お客様に信頼感を与える」(従業員向けの文書)というもの。
・組合によると、バス内は冷房が効いているが、運転席付近の温度はガラ
ス張りということもあって、日陰でも30~35度、直射日光が差し込むとこ
ろは、39度に達する
・これだけ暑いと、安全運転のための集中力を維持するのが難しい
・組合のメンバー26人が(うち運転手は25人)、労働争議として7月31日
から8月2日まで、ノーネクタイ・脱帽で勤務したが、会社側は労働争議
と認めていない。会社側と労組は今後も団体交渉を継続する。
・会社側は8月15日に、ノーネクタイ・脱帽で勤務した運転士らを事情聴取
し、懲戒処分も辞さない構えをみせている
・組合側は8月23日、国交省、厚生労働省、環境省を訪れ、直接事情など
を担当者に説明を行ったところ、「こういう例(要望)は初めてだ」と各省庁
の担当者に驚かれたという
・クールビズで過ごした3日間は、開放感をもって仕事に取り組めた。いつ
も以上にお客様に親切に接することができた。帽子とネクタイを外す効果
は抜群というのが多くの運転手の実感
・都内の他社、例えば関東バス、小田急バス、立川バスなどは運転手のク
ールビズを認めている
着用しないことで、安全運転が可能になるのであれば、すぐさまクールビズ
を解禁するべきだと個人的には考えるが、会社側の立場に立ってみれば、
経営戦略的な事情もあるのだろうとの推測もできなくはない(組合側の弁護
士もそう考えている)。
やや地味な話ではあるが、ネクタイを着用し、帽子をかぶっているから京王
バスに乗る、という人がどれだけいるのかも気になるところ。もちろん、気に
する人がいないとは断言できないが・・・。ちなみに着用しなかった3日間、ネ
クタイや帽子を着用していないことへの苦情や批判は組合の知る限り、会社
側には寄せられていないという。
とはいえ、あと1カ月もすれば多少は涼しくなるわけで。
この問題がいつごろ、どのように決着するのかを見守りたい。
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警視庁立川署地域課の友野秀和巡査長(40)が、立川市内の飲
食店に勤務する知人の佐藤陽子さん(32)を射殺、友野巡査長も
拳銃自殺した事件で、多摩支局では後輩記者や私が交代するな
どして、佐藤さんが勤めていたとされる立川市内の飲食店前で待
機中。店長、店員、客などへの取材などを試みている。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/78269/

↑21日午後11時50分ごろの現場付近(立川市内)。
繁華街の中心部にある、主に女性が働く飲食店であるが、衝撃的な事件
だけに、多数の報道陣がつめかけている。
取り急ぎ。
8月に入って、諸事情により更新が滞っていた。申し訳ございません。今週
は可能な限り更新いたします。
さて、世間でにわかに注目を集めている「滝山コミューン 1974」(講談社、
原武史著)を遅まきながら読んでいる。多摩支局管内、しかも何度も車で
通ったことのある東久留米市・滝山団地が舞台ということで、興味は尽き
ない。
http://www.amazon.co.jp/%E6%BB%9D%E5%B1%B1%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%B3%E4%B8%80%E4%B9%9D%E4%B8%83%E5%9B%9B-%E5%8E%9F-%E6%AD%A6%E5%8F%B2/dp/4062139391
班を中心とした「学級集団づくり」については、意外にも昭和53年生まれ
の自分でも未知の出来事ではない。私の故郷である岸和田市は日教組
の影響力が強い土地柄で(それでいながら、日教組的にはあまり好まし
くとらえられないと思われるだんじり祭りという伝統的な文化もしっかりと
息づいていた。自身の経験については後日機会があれば)、この本の中
にあるような「班競争」が他のクラスで行われたような記憶がある。
私は「班競争」がもともと好きではなかったし、いわゆる「日教組」的なも
のに当時から違和感を抱いていた。そして、あからさまに日の丸や君が
代を嫌悪し、批判する教員に対し、大きな不満があった(私は日の丸や
君が代を嫌悪する神経が今もよくわからないのだが)。
ともあれ、本書についてはグーグルで検索すると、実に多くのブロガーが
取り上げているので、感想や書評はひとまずそちらに任せたい。多摩支
局にいる自分としては、当時の東久留米市の政治事情、市政の動向など
極めて細かい、局地的な時代背景が気になったので(本書には地域の政
治・行政事情についての記述が少ないと思われる)、支局内に眠っている、
埃をかぶっている縮刷版(厳密に言うと、縮刷版ではなく原寸大サイズの
多摩地域版)を探してみた。
多摩支局には、「サンケイ新聞」時代の昭和40年代以降の原寸大の多摩
地域面が図鑑のような形態で製本されているが、昭和50年代以降はほぼ
揃っているものの、残念ながら昭和40年代は昭和40年、45年、47年の
3年分しか残されていない。
このうち、滝山コミューンの舞台となった1970年代前半の時期に該当する
のは昭和45年、47年であるが、この2年間はどういうわけか、東久留米市
についての記事が圧倒的に少ない(ちなみに東久留米市の市制施行は昭
和45年)ので、助役らの背任事件で現職市長が辞任した昭和50年(1975
年)の紙面をみてみると、当時の市政の状況がよくわかる記事がいくつか出
てきた。
「滝山コミューン」の中では、昭和47年の衆院選の結果などを根拠に、滝山
団地住民の革新系勢力への支持の高さを指摘するくだりがあるが、昭和50
年3月2日の東久留米市長選挙では、前市長の首を「飛ばした」市幹部の汚
職後の選挙にもかかわらず、保守系市長が当選を果たしており、地域の政
治だけ見ると、「革新風」がそれほど強力に吹いていないことがわかる。
*「滝山コミューン」の舞台となった、東京都郊外・東久留米市では、昭和45
年の市制施行以来、初代市長は保守系の藤井顕孝氏(昭和50年1月まで
市長)。2代目市長の石塚氏も保守系だった
以下、昭和50年2月~3月の多摩地域面の記事を抜粋で紹介する。「革新
一色」と思われがちな東京郊外のベッドタウンで、保守勢力が地道に後援会
づくりを行って踏ん張っていたこと、当時の市長選の選挙期間が現在の1
週間ではなく10日間であったこと、「組織票」といえば革新票であったこと、
記事の中でひらがなが多用されていることなどもわかる。
******************************
■昭和50年(1975年)3月1日 サンケイ新聞 東京版(多摩・武蔵野)
東久留米 刷新市長選あす投開票
保革が互角の戦い 投票率が勝敗の“カギ”に
“黒い霧”問題による刷新選挙の東久留米市長選は、いよいよ大詰めを
迎え、あすニ日投票。坂本ひろし候補(41)=無・新、社会、共産推薦▽
石塚政寿候補(59)=無・新、自民、民社推薦▽片山栄候補(75)=無・
新=の3候補の争いとなったが、片山候補は街頭演説などの選挙運動
はしておらず、事実上は坂本、石塚、両候補の保革一騎打ちとみられる。
統一地方選の前しょう戦として、多摩、武蔵野地区でことしはじめての市
長選(中略)。組織力をフル動員する坂本、革新の手にわたすなと危機
意識の中でまとまりをみせる石坂両候補は互角の戦い。
注:黒い霧問題とは、昭和50年1月に表面化した東久留米市幹部の汚
職・背任事件。一般的に言われている佐藤内閣時の「黒い霧」とは全く
別物である
坂本陣営は、社会、共産党や地区労など革新団体を中心に「清潔・公正
な革新市政つくる会」を組織、選挙戦にのぞんだ。共闘の話し合いが長
引き、成立したのは告示の一週間前。このため「十日間の短期決戦」と
組織力をフルに生かし、立ち後れをとりもどそうと、政策などのチラシを
三回にわたって全戸配布したり、個人演説会を開くなどして、浸透を図
っている。社共の国会議員、多摩、武蔵野地区の革新市長が応援に駆
けつけ、浮動票の獲得を狙った。社共共闘が成立したのは、42年4月の
町長選に次いで2度目。この時は、藤井前市長に約二千票の水をあけら
れているが、「前回市長選、その後の都、国レベルでの得票数からみれ
ば、立ち後れのハンディキャップはあるが、票の上で有利に勝てる」と
同陣営は踏んでいる。
石塚陣営は、昨年はじめから後援会づくりを進め、選挙戦では後援会を
中心とした「明るい住みよい東久留米市をつくる会」を組織、母体となって
いる。黒い霧事件に関連した町田吉男助役の出馬断念で、市議会保守
系の新政クラブは、告示間際に石塚支持を打ち出し、保守一本化の線で
まとまった。
移動選対事務所方式をとり、午前と午後にわけ、1日2カ所ずつ事務所
を移して市内をくまなく回り、運動を進めた。自民の国会議員、都議など
の応援で、後援会の主力となっている農業、商店会、スポーツ団体の票
固めをすすめる一方、団地での浮動票獲得に重点を置いており、「社共
共闘が成立したことは手強いが、自主投票の公明の票は厳しくみて6割
はくる。勝算は十分」と同陣営はよんでいる。
*******************************
当時から公明票の動向が勝負の行方を握っている点が、なかなか興味
深い。30年前も今日もそれほど変わっていないのかもしれない。
さて、この選挙は3月3日に開票が行われ、保守系の石塚氏が初当選。投
票率は51・47%で、市民の関心の低さを強調する記事が3月4日付の紙
面に載っている。票数は、石塚氏が16555票、坂本氏が13985票だった。
「滝山コミューン」の舞台である滝山団地の革新票については、「とくに革
新票が多いといわれる団地の投票率は、ひばりが丘団地43・53%、滝
山団地51・42%などと市平均より悪く(一部省略)、昨年7月に行われた
参院選に比べると、13・40%~29・42%も低かった。石塚氏が団地票
に食い込んだというよりも、坂本氏が団地票を動員できなかったといえる
だろう」(3月4日付紙面)と分析している。このほか、告示翌日の2月21日
付の紙面では、「(市内の全世帯の)5割弱が団地で、団地での票の奪い
合いが激しくなりそう」との記述もある。団地票が勝負を決していたことも
読み取れる。
30年も前の新聞を読むのはなかなか新鮮である。
11日夜、静岡県内で新聞奨学生時代の同期や後輩の仲間と会った。
しばし東京を離れ、男5人(私も含め)で涼しい山の中のコテージへ。約
1年ぶりの再会であるが、苦しい時に同じ釜の飯を食べただけあって、
仲の良さは相変わらずである。
以前に少しだけ触れたかもしれないが、私は浪人時代と大学1年時の2
年間だけ、埼玉県内の産経の販売店で新聞奨学生をやっていた。新聞
奨学生とは、新聞配達をすることで奨学金がもらえるという制度で、経済
的苦境に絶たされたり、旧日本育英会(現在は日本学生支援機構)の奨
学金が得られなかったりするなど、何らかの理由や事情(さまざまな事情
があって、必ずしも経済的な理由だけではなかったりする)を持つ大学生、
予備校生、専門学校生らが利用している。
新聞奨学生については、やや偏りがあるものの、ウィキペディアのページ
が比較的よくまとまっているので、こちらを参照↓(新聞奨学生がいかに
「地獄」であるかを強調しているが、この辺は千差万別で一概に言えない)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%81%9E%E5%A5%A8%E5%AD%A6%E7%94%9F
もはや10年も前の話であるが、今から考えると、私の配属された販売店
は非常に待遇が良かった。3DKのマンションに2人で住めたし、一般的
に言われているような奨学生への「強制労働」もなかった。どういう理由か
さっぱりわからなかったのだが、販売店の「金回り」が良かったのは間違
いなく、学生をこき使わなくても良い、というありがたい判断が働いていた
のかもしれない。
とはいえ、過酷な労働であることは間違いなく、夢と希望をそれなりにもっ
て上京した奨学生がまず最初に経験するのは、仕事の厳しさと、身も心も
仕事一色に染まってしまい、勉強どころではなくなる、という現実である。当
然ながら脱落者は続出、バイク運転中のけがで学生時代を棒に振った仲
間もいた。
97年3月、高校を出たばかりの私が配属された販売店は、5000軒以上の
購読者を持つ販売店で、奨学生10人、専業5人、アルバイト2人の計17人
が配達を行っていた。産経以外にも他紙を配達しており、終戦直後から新聞
を配っており、地域で最も古い販売店だった。
新聞奨学生の実態については、以下のサイトに譲るとして、
http://www.wakeup-vulture.com/main/
http://blog.livedoor.jp/nagaokakazuhiro/
今になって思うのは、新聞奨学生制度が、日本の個別宅配制度(特に首都
圏)を支えているという事実である。現に、私の配属された販売店は新聞奨
学生がいなければ回っていなかったし、「アルバイトはいつ辞めるかわから
ないから、使いづらい。でも、奨学生は学費を前借りしているのが多いから、
途中で辞められないし、1年ぐらいはやってくれる。だから奨学生は使いや
すい」(当時の販売店関係者)という話も何度も聞いた。
*学費を前借りして、途中で奨学生を辞める場合、前借り分を一括で返済し
ないといけない。当然、そんなことできるわけないから、辞めたくても涙を流
しながら続けている人もいる。この辺が、労働基準法の「前借金契約」に該
当するという指摘もある。ちなみに学費は親に出してもらい、奨学金をその
まま生活費や小遣いにして、新聞奨学生をアルバイトとしてやっている学生
もいた
そこで、新聞奨学生制度に改めて興味を持ったので、産経奨学会(東京)
http://www.sankei.co.jp/pr/ikuei/に問い合わせてみたところ、現在の
奨学生の数は首都圏で約350人。10年前と比べると実に5分の1程度
にまで減っていることがわかった(平成9年は約1500人)。
激減の理由を聞いたところ、
①少子化。例えば、これまでは地方の大学や専門学校ではなく、東京を目
指してきた若者が多かったが、最近は1人っ子家庭が多く、その場合、地元
で進学先をみつける傾向にあり、東京まで出てこない
②奨学金の充実。日本学生支援機構の奨学金がかつてに比べ、充実して
いる
とのことだった。
ちなみに、現時点では、制度を維持するのが難しいということはないが、他
社も同様、奨学生希望者は減少傾向にあるという。
10年間で5分の1。
この間、産経の部数自体は伸びているにもかかわらず、である。
一体、販売店はどうやって人のやりくりをしているのだろうか?アルバイトで
穴埋めしているのだろうか?取材をしていないので何とも言えないのである
が、非常に気になる問題である。
日本新聞協会のホームページhttp://www.pressnet.or.jp/の「調査」の所を
クリックすると、新聞販売店の従業員数の内訳が出ているが、1996年に約
2万5000人いた学生数は、2006年にはわずか約9600人まで減っている
(この学生数のうちどの程度が奨学生なのか、確認してみないとわからない
が、奨学生以外で新聞配達のアルバイトをしているという学生は圧倒的に少
ないので、学生の多くが奨学生と思われる)。
この表を見て目立つのは、新聞を配っている18歳以下の少年少女が激減
している点と、専業の男性の微増、副業の男性の急増である。
となると、奨学生の穴をアルバイトで埋めているという予想は大きく外れて
はなさそうである。
ちなみに、従業員の総数は1996年から10年間で合計で約5万人も減っ
ている。学生以外の内訳をみると、18歳以下が約6万人、女性の副業が約
1万5000人減って、逆に副業の男性が約3万6000人増えており、子供、
若者、女性が配らなくなった新聞を、副業の男性が配っていると考えられる。
ちなみに、新聞の発行部数は、1996年から2006年の10年間で約120
万部しか減っていない。1人平均200部配るとして、5万人も従業員が減
れば、1000万部の減少となるが(毎日早朝、1人で3時間以内に配れる
部数は200~300部。従業員の減少は、部数の減少と表裏一体)、もち
ろんそうはなっていない。
これは、18歳以下の世代が配る1人あたりの部数が数十部レベルで、大
人がカバーしていることも考えられる。とはいえ、この間急増した男性の副
業がかなりの部数を配っているのは間違いなく、新聞配達現場の労働環
境が悪化していないか心配になってくる・・・。
編集の現場で記者をやっていると、販売店の状況をはじめ、新聞配達の現
場の話に触れることが圧倒的に少ない。当然ながら、自分たちの商品が宅
配されている現場の声も、積極的に聞かない限り、まったくわからない。
ネットへの対応も大事だが、新聞社である以上、やはり足下にもしっかりと
目を向けないといけない。久しぶりに昔を思い出して、痛感してしまった。
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選挙が終わり、多摩支局も通常業務モードへ(地域の話題を中心にした
紙面づくりを粛々とやるということ)。ブログはしばらく更新できなかったが、
おかげさまで25万アクセスを突破。改めて御礼申し上げます。
昨夜、支局内で内勤(いわゆるデスク番)していると、思わず「ええっ!」
と叫び声を上げそうなニュースが飛び込んできた。
栃木・さくら市の保険金殺人事件で、妻殺害容疑で逮捕されていた小林
広被告(58)が、宇都宮中央署で自殺したというニュースである。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/74038/
これで、「ベランダで凧揚げをしていたところ、あやまって転落して死亡し
た」という、当時7歳の二男の事件の真相は永遠に解明されない可能性
が出てきた・・・
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/58591/
この事件と多摩支局はまったく関係ないが、私は平成14年5月から平成
16年7月まで宇都宮支局に在籍。平成16年2月、県警キャップの道丸記
者の指示を受けて、二男死亡の現場を取材しており、いろんな意味で複雑
な思いがある。
道丸記者のこの事件に関するエントリはこちら↓
http://michimarum.iza.ne.jp/blog/entry/197587/
(このエントリの中に出てくる後輩記者というのが私)
当時の取材ノートが見当たらないので(保管しているはずだが、整理整頓
が行き届いていない・・・)記憶をたどるしかないのだが、道丸記者と同様、
私も「ベランダで凧揚げ?うーん、おかしくないか?」と思い、何度も何度も
現場を見たり、署に取材したりしたのを覚えている。
結局、「転落死」ということで処理されたので、「深追い」しなかったのである
が、3年以上経て、このような形で事件として再浮上してくるのを見ると、「あ
の時、もうちょっと立ち止まって、踏みとどまって取材できなかったのだろう
か・・・」と自問自答してしまう(この事件に限らず、発生時は誰もが事故死と
思い込んでいた事案が、数年後、実は殺人事件だったというケ-スは珍し
くない。発生時の思い込みは本当に禁物である。。。)
署内の留置人面会室での自殺ということで、栃木県警の責任も厳しく問われ
ることになるだろうが、自殺を含めた小林被告のこれまでの行為に強い憤り
を感じる。
今回の参院選で、多くの自民党議員が討ち死にした。
東京選挙区では、伊吹派幹部で、地方議員からのたたき上げである、保坂
三蔵氏が落選した。都内の地方議員の懸命な運動にもかかわらず、逆風を
はね返すことができなかった。
私は多摩支局に着任してから、都議選、衆院選、都知事選、統一地方選、
参院選、そして数多くの首長選や市議選の取材に明け暮れたが、今回の
参院選ほど、多摩の自民党関係者が一生懸命やった選挙はないと思う。
丸川珠代氏は浮動票。
保坂三蔵氏は組織票。
自民の組織は、保坂氏の当選のために、逆風の中汗を流し続けた。
仕事柄、地方議員や自民関係者、支援者の方と接することが多いのであ
るが、党のために金と時間を無条件に捧げ続けるみなさんの行動をみてい
ると、本当に頭が下がる思いである。
なるほど、政権政党である自民党はやっぱり底力がある。
地域に密着し、有権者の気持ちを日々受け止め、ひたすら努力を続ける。
現場のみなさんこそが、自民党を支えているという事実を、多摩支局にい
る間に学ばせてもらった。
さて、自民の歴史的な敗北を受けて、後片付け、あいさつ周りに奔走してい
る何人かの親しい地方議員や自民関係者と話をしたが、ショックの色を隠
せず、言うまでもなく疲れた様子だった。
保坂陣営のある選対幹部は、「計3日間の安倍総理の応援を拒否するべ
きだった・・・逆風を読み間違えた・・・」と複雑そう。
武蔵野地域のある市議は、「安倍総理が赤城大臣の首を切ってくれたらな
あ・・・現場はしんどかったよ。赤城大臣も安倍総理もなんか言い訳がまし
いんだよな。小泉さんならねえ・・・」と一言。
別の自民都議の後援会幹部は、「改革とか言ってても、聞いてくれなかっ
たよ、市民が。戦後レジームとか、美しい国とか、なかなか伝わらないんだ
よ、山本さん。動員かけても人集まらないし、今回は本当にきつかったね。
安倍さん、もうちょっと現場の辛さを知ってほしいなあって。個人的には正
直、辞めてくれていいんだけど、他に誰もいなさそうなんだよね・・・」とぼや
いていた。
自民国会議員秘書は「早く解散総選挙して、民意を問うべき。民意を問う
て、ダメならあきらめるしかない。国民の支持がすべて。麻生さんのアル
ツハイマー発言あたりから、絶望的だったけどね、現場の空気が・・・」と
分析していた。
自民関係者のブログをみても、今回の選挙の大変さが行間から伝わって
くる。
例えば、前自民都議で、武蔵野支部長の小美濃安弘氏のブログ。本音の
日記から、現場の空気が伝わってくる。
http://www.hat.hi-ho.ne.jp/y-omino/nikki/nikii.htm
83会会長で、地方自治に精通する土屋正忠のブログも、言葉は少ないが
国民の審判を真摯に受け止めようとしている。
http://blog.livedoor.jp/shugiin08846/archives/51306595.html
個人的に多少の接点があり(基本的に取材上の付き合い)、その心意気
と誠実さ、党への忠誠心、マジメさに心底感心する松本洋平衆院議員の
ブログでは、「国民の声」に耳を傾けるべく、必死に地べたを這いずりまわ
っている様子がよくわかる。
http://blog.so-net.ne.jp/yohei_matsumoto/2007-07-30-1
松本代議士は小泉チルドレンの1人だが、伊吹派の1人として、銀行員から
徒手空拳で国会議員になった人物。その一方で、安倍首相を熱烈に支持し、
その政治理念にほれ込んでいる若手でもある。
この3人は、まさに今回の参院選で最初から最後まで汗を流し続けた、自民
党の屋台骨を支えている地域の関係者だ。
3人に共通しているのは、国民の声を受け止めようという、真摯な姿勢であ
る。いや、3人だけではない。私が話を聞いた、現場の自民党関係者も皆、
今回の結果を深刻に受け止め、敗戦処理に奔走している。
政権が発足して最初の国政選挙で示された民意。各種世論調査では続投
はダメだ!という声と認める声は拮抗傾向にあるが、国民の審判を真摯に受
け止めることが、今の自民党に最も必要だと思う。そして、その必要性をもっ
とも認識しているのが、現場の人々である。
前回エントリ「安倍首相はなぜ空気を読めないのか。」に多くの反応をいた
だいた。改めて御礼申し上げます。イザ!内では、極めて少数派に属する
トーンの内容であるが、イザ!の発展のため、多様な意見が共存しながら
も炎上しないという文化をいっそう育てていくため、勇気を出して書いた次
第。本紙が安倍政権の支持を明確に打ち出している以上、個人的にはそ
れなり「覚悟」も必要であるが(苦笑)、自由に意見を述べることができるブ
ログを記者にも与えているわが社の素晴らしさ、懐の深さも感じている。
さて、今回の参院選で2議席を確保、島根で大金星をあげた国民新党。参
院選投票日前日の28日午後7時半、国民新党の最後の街頭演説(いわゆ
る「マイク収め」「打ち上げ」などと呼ばれる陣営の最終日の締め)を取材し
た。
私は暇さえあれば、仕事や政党に関係なく、おもしろそうな候補者や政党の
街頭演説の見物に行くのであるが、これまでに見た街頭演説の中でも、国
民新党の一体感は群を抜いていた。特に、亀井静香代表代行の演説は、
鬼気迫るものがあり、印象に残った(このエントリの後半で内容を可能な限
り紹介)。
国民新党の打ち上げは、都心の繁華街である有楽町マリオン前で行われた。
インディーズ政党・国民新党らしい、熱狂的な支持者の「いいぞ!」「そう
だ!」の声がひっきりなしに飛び交い、運動員の女子大生も支持者も次々
に涙を流すという、人間味と浪花節があふれるフィナーレとなった。
数メートル先では、自民の中川昭一政調会長と自民の比例候補も街頭演
説をやっていたが、国民新党の異様なパワーと歓声と亀井静香氏のダミ
声に押され気味で、道行く人々の視線は国民新党の方向に向いていた・・・

↑午後7時半前、亀井氏らが徒歩で新橋→銀座→有楽町を練り歩く。銀座
をこの格好で闊歩する光景はなかなか新鮮。自民の実力者だったとは思え
ないほど、最近の亀井氏ははじけている。

↑「抵抗勢力へ気合の一票」。実にわかりやすいフレーズだ。新自由主義
を明確に否定し、ケインズ的な政策を掲げ、弱者救済策と保守思想を打ち
出している国民新党らしい言葉である。「古きよき自民党の香り」が、ゲリラ
的な攻撃性と破天荒さと一体となって、プンプンに臭ってくる

↑雄たけびを上げる陣営。都合30分間、候補者と聴衆は中川政調会長の
演説をかき消すかのようにほえ続けていた・・・・

↑運動員の若者と記念撮影。国民新党らしさが感じられる一枚だ。

↑聴衆。国民新党ファンとは思えない人も、自民党と公明党を厳しく批判する
演説に耳を傾けていた。500~600人はいたような気がする。
さて、この日最も盛り上がったのは、間違いなく亀井氏の演説である。ダミ声
ということもあって、テレコでは聞き取れない部分もあるが、約11分の演説を
可能な限り紹介する(適宜省略、語句を補った。青字が亀井氏の演説)。
「東京のみなさん、日本国の、日本じゅうのみなさん、いよいよ来ましたよ、日
本の夜明けっ!!間違えなくきましたよおおお!!!」
「自民党、公明党なんて、明日でおしまいだっ、みなさん!!!!!!」
聴衆「うおおおおおお!」
「自公もおわりました。わたしゃ、昨日まで島根鳥取、日本中をかけずりまわ
りましたが、地方では反乱が起きたんですよ、反乱が!こんな、こんな政治
にがまんできないっ!!自分たちを(私たち国民を)人間と思っているのか!
こういう、怒りが全国で盛り上がっている。東京のみなさんも一緒に反乱をお
こそうじゃないですかっ!」
聴衆「そうだ!」
「われわれは、暴動ではなくて、選挙で変えることができるんですよ、日本
を!わが国民新党は抵抗勢力といわれてきたが、われわれは誇りに思っ
ている。洋の東西を問わず、時代をかえていったのは抵抗勢力じゃないで
すか、みなさん!!!」
「この日本でも、60数年前、東条内閣が翼賛体制をやり、日本を悲劇的な状
況にもっていった。あのとき、抵抗勢力がいたじゃないですか!!鳩山一郎で
あり、三木武吉、中野正剛ですよ、あの3人が座っておられた(衆院の座席の)
所に、国民新党が座っている。私が座っている席は、中野正剛が座っていた
椅子だ!!中野正剛は腹を掻っ切りましたが、われわれはそんなことはしませ
んよ、自民党を倒すんですよ!日本の夜明けを、みなさんと一緒に迎えるん
ですよ!」
聴衆「そうだ!!!!」
「郵政(民営化)見直し、地方重視、年金増額、当たり前でしょう!!6万600
0円で老後の生活できるんですか、お年寄りが!!!世界の人たちに(日本
は)毎年1兆円配っている。困っている人を助けるのは当然。しかし、日本で
体の不自由な人やお年寄り、一生懸命生きていてもどうにもらないような人を
救うのが前提ではないか」
「大企業は史上最高の利益をあげている。(でも、利益を)社員に配っている
んですか?配ってないでしょ。だからみなさんのところにまわってこない。小
泉改革になってこれが始まった。日本型資本主義が制圧(崩壊?)されて、ア
メリカ型資本主義にこの6年間でガラっと変わったから、いざなぎ景気(のよう
な今の景気)でも、みなさん方の懐には来ないんです!!!」
聴衆「そうだ!!いいぞ亀井!!!」
「大企業や金持ちには税金をまけて、この5年間でいったいいくら企業に税
金をまけたのか、20兆円ですよ!!庶民に公明党は何をやったのか。庶民
の味方といいながら、自民党と一緒に何をやってきたのか!!税金が上がっ
たんですよ!!」
「秋には、(自公政権が)消費税に取り組もうとしている。金のある人たちか
らは税金はとらない、庶民からとる、みなさんが怒らないから。こんな自公
政権、許せますか!!」
聴衆「許せない!!」
「やりましょうよ、怒りを爆発させましょう。今からみなさん方も年をとる。今の
自公政権に年金をまかせていいのか。(台帳が)灰になっていたかもしれな
い、そんなことを前提にして年金をちゃんとできるのか(自公政権は)。1年で
調査できるのか、(自公政権は)できるわけがない、できぬことを、できるとい
って参院選を乗り切ろうとしている。悪いのは政府だ、四の五の言わずに政
府はだまって(年金を)支給すればいい!!!」
聴衆「そうだ!!」
「ちゃんと払っていない人も紛れていると言うが、生活保護を受けている方
々は掛け金をかけているのか。かけていないでしょ。困っている人をちゃん
とする(面倒をみる)、そのために国があるのだ」
「日銀総裁のように、年収5000万円もある人間が、年金を800万円もらう
必要はない。道楽息子しかいない、やさしい嫁もおらん、年をとる、どうしよ
うか、いまさら生活費を稼ぐわけにはいかない。そういう人のためにちゃん
と年金を支給するのはあたりまえだ。だから、わが党は税金で年金をや
る。われわれはきわめて現実的な、実行可能な日本の未来を設計してい
る」
「魂を取り戻しましょうよ。拝金主義がはびこり、家庭の中でも競争競争。
こういう社会から決別しようではないか!!抵抗勢力に気合の一票を!!
勝ち抜きましょう、夜明けはすぐ目の前です、東京でも反乱をおこしまし
ょう!!!!」
聴衆「い~いぞ!!!!!おおおおおお!!!」
共産党のような主張も随所にみられるが、、国民新党のスタンスがよくわか
る演説である。
ともあれ、この日集まった熱狂的な聴衆は、家に帰ってすぐに知人友人に
メールや電話をしまくっただろうと思う。まさに支持者のハートに火をつける
ための、気合を入れるための街頭演説で、最高の雰囲気だった。通行人
は相当びっくりしていたが、通りすがりの人間が100%振り向くだけのパワ
ーを持っていたのは間違いない。
失うものは何もない、わが道をゆく国民新党。その個性をこれからも大事に
してほしい。
自民の歴史的惨敗、民主の大躍進となった参院選。29日夜、
私は東京選挙区で初当選した川田龍平氏の事務所で取材、
その後明け方まで大手町の本社で紙面づくりを手伝っていた。
川田氏の「いのちの演説」は非常に好評で(私も感動してしまっ
た)、その話もアップしたいのであるが、ひとまず安倍首相のズ
レっぷりなど、直接取材はしていないが気になることがあるの
で(産経の記者とはいえ)勇気を振り絞って書いてみる。
安倍首相は「これまで進めてきた美しい国づくりは、基本的には
国民の理解を得られていると思う。その方向で進んでいくことが
(政府与党への)信頼回復につながる」と話しているが、この期に
及んで本気でそう思っているのだろうか?。常識的に考えると、
理解を得られているのならば、こういう結果にはならないはずだ
が・・・
さらに、「反省すべき点は反省し、人心を一新せよと言うのが国
民の声だ。しかるべき時に内閣改造、役員の一新を行いたい」
とも述べているが、惨敗も惨敗で、ここまで負けてしまうと、もは
や「自民はお灸を据えられた」といったレベルの話ではない。にも
かかわらず、「人心の一新」という。うーん、今回の国民の審判
が、内閣改造なのだろうか?
*本日の朝刊各紙のメーン見出しをみると、「自民 歴史的大
敗」「自民 歴史的惨敗」といった見出しが踊っている。私も「歴
史的惨敗」という要素こそが、最も大きなニュースと思うのだが、
産経だけは「安倍首相 改革へ続投表明」の見出しが目立つよ
うになっていた・・・
*このブログのエントリやコメントを読んでくださっている方々は
薄々気づかれていると思うが(苦笑)、私は安倍政権について、
距離を置いてきた。労働組合批判を繰り返すのは得策ではない、
などと産経の論調とは異なる見解も示してきた。ただ、私は「正
論」を定期購読している父の影響もあって、10代のころから産
経に親しんできたし、例えば憲法9条改正も大賛成である
さて、話は個別の細かい話になってしまうが、今回の選挙戦で
は、安倍首相は派手な遊説を重視し、徹底的にマイクを握った
一方、小沢一郎氏が地味に地方や事務所回りに精を出した。一
部メディアは小沢氏の作戦を冷ややかに受けとめていたが、小
沢氏のやっていることは選挙の王道で、何ら奇をてらったもので
はない。
そもそも、遊説で票が取れると思ってはいけない。遊説で票が取
れるのは、小泉純一郎前首相、田中角栄元首相クラスの「演説
の名手」だけで、遊説や街頭演説は基本的に「支持者のハートに
火をつける」ものだ。小沢氏が農村部へ行く目的は何か。農村部
の支持者のハートに火をつけ、運動員の士気を高めるためであ
る。核となる支持者が一生懸命になれば、票は掘り起こされる。
国民の半分近くが無党派層であるが、支持者の「熱」は無党派
層に伝播する。空中戦ほど不安定なものはなく、空中戦で互角
になった際にモノを言うのは地上戦で得た票である。地上戦を重
視する小沢氏の戦略はどう考えても正攻法で、昔の自民党みた
いでダメだ、といった批判は適切ではないと思う。
安倍首相は、決して演説がうまいとはいえない。
私も何度も安倍首相の街頭演説を取材したが、名調子でもなけ
れば、冗談も少ない。しかも、今回の選挙の演説では、「改革か
逆行か」といった小泉前首相っぽいフレーズが多く、「成長を実感
に」といった観念的な言葉が多かった。
安倍首相の街頭演説を聞いていると、空気を読めていない場面
も結構多い。非常にささいなことであるが、気になるので1点だけ
紹介する。
選挙戦まっただ中の7月22日、正午ごろ。
安倍首相は東京・吉祥寺で、東京選挙区の丸川珠代氏(当選)、
保坂三蔵氏(落選)の応援演説を行った。その際、保坂氏が「安
倍総理は(吉祥寺が最寄り駅の)成蹊大学(出身)でございます。
この街はふるさとです。青春時代の安倍総理のお姿がここにみ
えるような気がします」と話したのだが、その後にマイクを握った
安倍総理は、この点には全く触れず、「改革か逆行か」といういつ
も通りの演説を行った。

たぶん、小泉純一郎前首相なら、「いやあ、懐かしいねえ、吉祥寺。
よく飲んだくれて、あのころは・・・」という、“つかみ”の話を絶対にし
たはずだと思う。安倍首相の演説はいい意味でも悪い意味でも実
に四角四面である。
演説場所近くで何十年も店をやっている写真屋のおじさんに話を聞
いたところ、「この場所で今までいろんな政治家の演説を聞いたけど、
安倍さんは人気ないね。拍手の音を聞けば、だいたいわかるよ」と話
していたが、安倍首相が遊説で「手応えがあった」と思っていたとす
れば、それは現状認識に問題があったといえる。
ともあれ。
安倍首相は引き続き政権を維持する決意を固めている。
政権にとどまることで、さらなる国民の反発が予想されるのだが、
安倍首相は「私の国づくりはスタートしたばかり。改革を続行し、新
しい国づくりをすると国民に約束した」と言っている。
安倍首相は空気を読めているのだろうか。


by 鈴木 茂
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